13年前の捏造事件

 小保方晴子氏を筆頭執筆者とする、STAP細胞の発見に関するネイチャー掲載論文への捏造疑惑が持ち上がっている。STAP細胞の存在そのものさえ、怪しくなってきた。捏造か故意か、はたまた単純なミスなのか。

 STAP事件と同じというわけではないが、一つの「科学的発見」の真偽をめぐって学界が翻弄された「事件」という意味で、私がよく覚えているものに、2000年11月に毎日新聞のスクープによって発覚した、いわゆる「旧石器捏造事件」がある。

 最近、自分が書いた古いものをMacからサルベージする機会があって、そこにこの捏造事件に関して、2000年11月に某MLに投稿した文章があったので、掲載しておく。



 旧石器捏造問題――「考古学が危ない」と題して、学者の側、マスコミの側からの反省の弁が朝日新聞の記事になっているのを読みました。先史考古学者の竹岡俊樹氏は2年前から学術誌で藤村発掘に疑念を述べていたということですが、問題を見過ごしたのは、日本の学会の閉鎖性にも一因があると朝日のインタビューで語っています。

 これまでの日本の考古学会はあたかも「空中浮揚を信じたオウム真理教と同じ」状態にあったのだと。

 しかし、空中浮揚を安易に信じた点では、新聞社も同罪です。

 朝日の記者も当時「竹岡氏からの手紙を受け取りながら、その主張をきちんと受け止めることを怠った」と今頃になって反省しきりであります。ほんとうはこの記事は「考古学が危ない」ではなく、「ついでに新聞も危ない」と題するべきでした。

 僕は考古学にはほとんど興味がないんですが、石器発掘のニュースが社会面どころか、新聞の一面を、それもカラー写真付きで飾るのを、何を大げさなと思ったことはよくあります。出雲神社のどこぞから太い柱の跡が出てきたときも、早速、大林組だかがCGで当時の社殿の様子をイラスト化し、新聞は喜んでそれを載せたりしたわけですが、ちょいと待てよ、柱一本でなんでここまで復元できるんだよと半信半疑でありました。「夢とロマン」も結構ですが、どこまでが実証で、どこからが勝手な妄想なのか、その境界がはっきりしないのも困りものです。

 朝日新聞のデータベースで、今回捏造がバレた宮城県の上高森遺跡での旧石器発掘のころの記事を調べてみたんですが、ひどさを通り越して、笑ってしまいます。

 94/06/30の宮城地方版では、藤村氏は今回と同様に時の人でありました。

土を掘っている時は、周囲の音はまったく聞こえなくなる。「出ろ、出ろ。絶対に出してやる」と強く念じ続けるのが何よりも大切だという。「強く求めないと、石器は逃げていく」

 たしかに“超能力”ではあります。

 藤村氏って、電力量測定器メーカーの生産管理課長だったんですってね。

 いわばサンデー考古学研究マニア。趣味のままにしておけばよかったのにと、可哀想な気にもなります。マスコミによって祭り上げられ、もう引き返せなくなってしまったという側面もあるのではないでしょうか。

 上高森では、石器が放射状にきれいに並べられて“発見”されたわけですが、そのあまりの整然さを誰も疑うことをせず、東北旧石器文化研究所の「原人にはきれいに並べる美意識があり、豊かな精神世界を持っていたことをうかがわせている」という説明がまかり通ってしまいます。芹沢長介・東北大名誉教授ら権威による「世界的な発見だ」というコメントもそれを後押ししました。

 そうした認識を前提に、朝日新聞はその後こういう作文を創作します。

丘陵の、切り取られた大地に秋の日差しが濃かった。一九九五年十月三十日。
「東北旧石器文化研究所」の上高森第三次発掘調査の三日目だった。この日まで何の発見もなかった。研究所員で調査団長の藤村新一(四五)は焦っていた。
「全国からのカンパもある。このままではヤバい」。藤村は「ヤバい」が口ぐせだった。

「ん?」
藤村の手が止まった。

「どうも変だ。何かある」。藤村は調査指導に当たっていた東北福祉大助教授の梶原洋(四三)を呼んだ:藤村は竹ベラを差し込んだ。深さ四、五センチのところで竹ベラが土に入らなくなった。土をえぐった。その瞬間、青とも緑ともいいがたい鮮やかな色の石が目に飛び込んだ。十五個の石器の第一号だった。

藤村の髪から汗がしたたる。一つまたひとつと現れる石器。大きなもので直径八センチ。どれも手の中に入るほどだ。周囲には、学生たち約二十五人の人垣が出来ていた。梶原は写真を撮り、研究所のメンバー横山裕平(四〇)が8ミリビデオを回した。歓声が上がる。「まだ出るよ」「ほら、隣にも」……。
(96/01/01地方版 「上高森へ 原人ロマン 60万年越え15の「宝石」」) 

 まあ、今となっては、ですが、恥ずかしさに身がすくんじゃうような文章ではあります。ただ注意深く読んでみると、藤村氏が当時焦りに似た感情で発掘作業に従事していたことがうかがいしれます。彼に焦りをもたらしたのは、大発見ニュースを待ちかまえるマスコミであり、そして潜在的には我々読者であるかもしれません。

 朝日新聞仙台支局では「石器の幾何学的な配置から、高い知能を持った原人が想像できる」とし、その「上高森原人」のイラストまで記事につけたようです。

 まさに石器を埋めたのは、焦りと名誉欲に学問的真実まで曲げてしまったヤバい「現人」ではありましたが。

 発見のニュースをマスコミが大々的に書き立て、「夢とロマン」か「汗と涙」の小説に仕立てあげ、ほとんど実証性のないイラストまでつけて、読者の興味本位な好奇心を煽り立てる。低劣な学問とそれ以上に低劣なジャーナリズム、そしてそのもたれあいを批判することをしない我々読者。朝日新聞自体、過去に捏造の前歴がありますから、さもありなんと言ってしまえばそれまでですが、むろんこうした傾向は朝日新聞だけの特異な性癖ではありません。

 それにしても、現代日本の、疑うことを知らない脳天気な文化状況に、底深く絶望的にならざるをえない事件ではありました。(2000.11.18)

 最後の感想は、2014年の今も通用するものだと思った。

 ちなみにこの旧石器捏造事件を題材に、井上由美子が脚本を書いたドラマ『地の塩』が今春、WoWoWで放送された。大泉洋が熱演していた。